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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)634号 判決 2000年5月01日

原告

A

原告

B

原告

C

原告

D

原告

E

右原告ら訴訟代理人弁護士

中道武美

小久保哲郎

被告

医療法人南労会

右代表者理事長

松浦良和

右訴訟代理人弁護士

田邉満

主文

一  被告は,原告Aに対し1万2143円,同Bに対し8万5374円,同Eに対し,6万3861円の支払をせよ。

二  原告A,同B及び同Eのその余の請求をいずれも棄却する。

三  原告C及び同Dの請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は全部原告らの負担とする。

五  この判決は,第一項に限り,仮に執行することができる。

事実

第一申立て

一  原告

1  原告A,同B,同C,同D及び同Eが被告に対し,各雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  原告B,同C,同D及び同Eが被告に対し,勤務場所を被告の設置する松浦診療所看護科とする各雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

3  被告は,原告Aに対し,平成7年7月から,毎月20日限り,26万7150円の支払をせよ。

4  被告は,原告Bに対し,9万7133円及び平成7年10月から毎月20日限り27万3740円,同Cに対し,7万8106円及び同月から毎月20日限り24万7070円,同Dに対し,5万6358円及び同月から毎月20日限り22万3100円,同Eに対し,6万3861円及び同月から毎月20日限り22万0840円の支払をせよ。

5  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに第3,第4項につき仮執行の宣言を求める。

二  被告

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第二主張

一  原告の請求原因

1  当事者

(一) 原告A(以下「原告A」という。)は,昭和62年4月16日,被告に雇用され,被告が設置する大阪市港区<以下略>所在の松浦診療所(以下「松浦診療所」又は,単に「診療所」という。)において,就職当初は松浦診療所会計係兼健診部員として,その後は健診部専属職員として勤務してきたものである。

(二) 原告B(以下「原告B」という。)は,昭和58年11月7日,被告に雇用され,爾来,松浦診療所看護科の看護婦として勤務してきたもので,昭和62年8月から看護科の主任であった。

(三) 原告C(以下「原告C」という。)は,昭和62年7月17日,被告に雇用され,爾来,松浦診療所看護科の看護婦として勤務してきたものである。

(四) 原告D(以下「原告D」という。)は,平成2年3月22日に被告に雇用され,爾来,松浦診療所看護科の看護婦として勤務してきたものである。

(五) 原告E(以下「原告E」という。)は,同年9月1日に被告に雇用され,爾来,松浦診療所看護科の看護婦として勤務してきたものである。

(六) なお,原告らが加入する全国金属機械労働組合港合同南労会支部(以下「南労会支部」又は,単に「組合」といい,これに加入する者を「組合員」という。)は,昭和60年1月26日に,南労会労働組合として結成され,松浦診療所分会,紀和病院分会を持つ上部団体に属しない単組であったが,平成3年8月,全国金属機械労働組合港合同(以下「港合同」という。)に加盟した。紀和病院分会は,その直後,分裂して,紀和病院労働組合を結成している。南労会支部は,松浦診療所分会,紀和病院分会を設け,組合員約30名で,支部委員長に松浦診療所健診部主任田村孝弘が,松浦診療所分会委員長に理学診療科針灸師小松千尋が就任している。原告Bは,昭和62年から平成2年まで南労会支部の執行委員であり,原告Aは,同年から南労会支部の執行委員である。

(七) 被告は,診療所及び病院を経営することなどを目的として昭和55年1月26日に設立された医療法人であり,大阪市港区弁天町において松浦診療所を,和歌山県橋本市において紀和病院(昭和58年11月開設。以下「紀和病院」という。)を各開設している。

松浦診療所は,現在では,鉄筋8階建ての無床の診療所で,医科部,歯科部,健診部からなり,医科部には,看護科を置き,内科,小児科,整形外科,放射線科,理学診療科の診療を行っている。

なお,被告は,昭和51年8月1日,南大阪における労働運動の一貫(ママ)として,労災職業病への対策等を労働者側に立って取り組む労働者のための医療機関を目指して,医師である松浦良和によって設立された「松浦診療所」が医療法人化されたものである。そして,同人は,昭和63年5月31日以降,被告の理事長である。

2  原告らの賃金

(一) 原告らは,被告から,平成7年7月当時,別紙(一)「未払賃金一覧表」記載の明細及び合計額の賃金を支払を受けていた。賃金は,毎月末日締め,翌月20日支払であった。

(二)(1) 被告は,原告Aに対し,平成7年6月分以降の賃金を支払わない。

(2) 被告は,原告Bに対し,同年6月15日以降の賃金を支払わない。原告Bは,同日から同年8月19日まで指名ストライキを行ったが,同月21日以降の賃金請求権を有し,同月分の賃金額は,日割により,11日分9万7133円である。

(3) 被告は,原告Cに対し,同年8月分の賃金から,同月21日から同月31日までの賃金を控除した。控除された額は7日分7万8106円である。

(4) 被告は,原告Dに対し,同年8月分の賃金から,同月21日から同月31日までの賃金を控除した。控除された額は6日分5万6358円である。

(5) 被告は,原告Eに対し,同年8月分の賃金から,同月21日から同月31日までの賃金を控除した。控除された額は7日分6万3861円である。

3  請求

よって,原告らは,被告に対し,それぞれ雇用契約に基づき,右契約上の権利を有する地位(原告看護婦らにおいては松浦診療所看護科での勤務を含む。)の確認を求めるとともに,未払賃金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち,(一)は認める。(二)については,主張の賃金を支払っていないことは認めるが,その余の事実は否認する。

三  被告の抗弁

1  本件A懲戒解雇

(一) 原告Aは,平成7年5月20日午後0時45分頃,被告理事長医師松浦良和が患者を診察中,突然,診察室入口のアコーデオンカーテンを開けて診察室に入り込み,診察介助にあたっていた婦長水野和枝(以下「水野」という。)の腰部を右手で殴打する暴行をおこない,診療を一時中断せざるを得ない事態を生じさた。

(二) 右行為は,被告の就業規則17条2号,18条1号,19条1号,7号及び8号,20条2号に各該当する。

なお,右就業規則の各条項は,別紙(二)のとおりである。

(三) そこで,被告は,平成7年6月1日,原告Aに対し,右行為を理由に,同月2日付で懲戒解雇をする旨の意思表示をした(以下「本件A懲戒解雇」という。)。

2  本件看護婦懲戒解雇

(一) 被告は,原告看護婦らに対し,次のとおり,配転命令をした。

(1) 被告は,原告Bに対し,平成7年6月8日,同原告を同月15日付をもって紀和病院看護部の「訪問看護ステーション・ウエルビー」勤務とする旨の配転命令(以下「本件B配転命令」という。)を発令した。

(2) 被告は,原告Cに対し,同年8月15日,同原告を同月21日付をもって被告の松浦診療所健診部勤務とする旨の配転命令(以下「本件C配転命令」という。)を発令した。

(3) 被告は,原告Dに対し,同年8月15日,同原告を同月21日付をもって紀和病院看護部勤務とする旨の配転命令(以下「本件D配転命令」という。)を発令した。

(4) 被告は,原告Eに対し,同年8月15日,同原告を同月21日付をもって紀和病院看護部勤務とする旨の配転命令(以下「本件E配転命令」という。)を発令した。

(二) 本件B配転命令は,松浦診療所にける訪問看護実施のための準備として,原告Bに技術を習得させるためにされたものであり,その他の原告看護婦らに対する本件配転命令は,同原告看護婦らが松浦診療所の勤務時間に関する業務指示に従わず病気等に籍(ママ)口して欠勤し,診療に支障を生じさせ,また,何時出動するかわからない状態を続けて診療に支障をもたらし,婦長水野の就労妨害,業務妨害を行い,これによって,診療所内の秩序が崩壊の危機にさらされたため,診療所の円滑な診療の実施及び業務遂行上必要不可欠な所内秩序を維持する必要があったためである。

(三) しかし,原告看護婦らは,いずれも本件各配転命令に従わず,平成7年8月21日以降連日松浦診療所処置室において「就労闘争」を繰り返し,診療所長の再三の注意,警告を無視し,医師の指示に基づかない医療行為を続けた。

(四) 原告看護婦らの右各行為は,就業規則17条3,4,6号,18条1号,19条7号及び20号(ママ)2号に該当する。

(五) 被告は,平成7年8月30日,原告B,同C,同D及び同E(以下,この4名を「原告看護婦ら」という。)に対し,いずれも,<1>「配転命令に従わないこと」,<2>「平成7年8月21日以降連日松浦診療所処置室において『就労闘争』をくり返し,診療所所長の再三の注意,警告を無視し,医師の指示に基づかない医療行為を続けたこと」を理由に,書面により,同日付で懲戒解雇とする旨の意思表示をした(以下「本件看護婦懲戒解雇」という。)。

四  抗弁に対する原告らの認否

1(一)  抗弁1(一)の事実は否認する。

被告主張の原告Aが婦長水野の腰部を右手で殴打したとの事実は,被告による捏造であり,大袈裟に事実を誇張ないしはデッチ上げているに過ぎない。真実は,原告Aが水野の手の平を右平手で軽く1回はたいたというものであり,かかる行為は,懲戒解雇事由と評価するに足る行為ではなく懲戒解雇事由は存在しない。

(二)  同1(二)の就業規則の存在は認める。

(三)  同1(三)の事実は認めるが,その効力は争う。

2(一)  同2(一)の事実は認める。

(二)  同2(二)の事実は否認する。

(三)  同2(三)の事実のうち,原告看護婦らが配転命令に従わず,平成7年8月21日以降,松浦診療所処置室において就労闘争を行ったことは認め,その余の事実は否認する。

(四)  同2(四)の就業規則の存在は認める。

(五)  同2(五)の事実は認めるが,その効力は争う。

五  原告らの再抗弁

1  本件A懲戒解雇の無効

原告Aは,南労会支部の執行委員として活発に労働組合運動を行っており,被告は,この原告Aの組合活動を嫌悪して診療所から同人を排除して南労会支部の活動を弱体化しようと意図して,本件A懲戒解雇を強行したものであり,本件A懲戒解雇は,労働組合法7条1号及び3号に該当する不当労働行為であり,かつ,解雇権の濫用であるから無効である。

2  本件看護婦懲戒解雇の無効

(一) 勤務場所を特定した雇用契約違反

原告看護婦らと被告の間の各雇用契約は,いずれも就労場所を被告の松浦診療所看護科とするものであって,原告看護婦らの勤務場所を紀和病院とすること及び松浦診療所健診部とすることは,いずれも各雇用契約の変更にあたり,原告看護婦らの同意がない限り許されない。しかるに,本件各配転命令は,いずれも原告看護婦らの同意を得ていないのであるから,その無効はいうまでもない。

(二) 本件各配転命令の無効

(1) 仮にそうでないにしても,被告の原告看護婦らに対する本件各配転命令は,いずれも合理的根拠を持たず,原告看護婦らの組合活動を嫌悪し,被告の松浦診療所看護科から原告看護婦らを排除するためにのみ強行されたものであって,明らかな労働組合法7条1号及び3号に該当する不当労働行為であり,しかも,権利の濫用として,無効は免れないといわなければならない。

(2) また,原告Bは大阪市東成区を住所とするが,実娘の世話等の必要があり,和歌山県橋本市にある紀和病院に通勤することは不能に近く,原告Dは大阪市西成区を住所とし,原告Eは大阪市阿倍野区を住所とするところ,いずれも家族等の世話をする必要等から前記紀和病院に通勤することは不能に近い。本件各配転命令については,配転先の業務上の必要性は全くなく,被告は原告看護婦らが被告指示の勤務体制に従わないことをその理由にあげるが,これは団体交渉事項となっているものであり,配転の合理的理由とはならない。

(三) 本件看護婦懲戒解雇の効力

原告看護婦らが本件各配転命令に従わず,就労闘争をしたことは,本件各配転命令が無効であるうえ,その所属する南労会支部の労働運動方針に従った,被告の極めて違法で露骨な労働組合潰し,不当介入に対する正当な争議行為である。原告看護婦らは,専門職として患者の求めに応じて原職場に復帰しようとしただけであり,また,もちろん,無指示医療行為をした事実はない。

本件看護婦懲戒解雇は,いずれも原告看護婦らの組合活動を嫌悪し,被告の松浦診療所看護科から原告看護婦らを排除することのみを目的す(ママ)るもので,労働組合法第7条1号及び3号に該当する不当労働行為であり,また解雇権濫用であるから無効である。

六  再抗弁に対する被告の認否

再抗弁事実はいずれも否認する。本件各懲戒解雇は不当労働行為ではないし,懲戒権の濫用でもない。

理由

一  当事者

請求原因1の事実は,当事者間に争いがない。

二  本件A懲戒解雇

1  懲戒解雇の意思表示

抗弁1(三)の事実は,当事者間に争いがない。

2  本件A懲戒解雇事由の存否及びその前後の事情

(証拠・人証略),原告A,同B及び同C各本人尋問の結果,被告代表者尋問の結果によれば,次のとおり認めることができる。

(一)  背景,労使対立

(1) 医師松浦良和は,昭和51年8月1日,労働災害について労働者側に立った取組みをする等の労働者のための医療機関を目指して,個人診療所である松浦診療所を開設していたが,昭和55年1月26日,法人化して,被告が設立された。そして,被告は,大阪市港区磯路に本部事務所を置き,松浦診療所及び紀和病院を開設している。

全国金属機械労働組合等の労働組合は,松浦良和の趣旨に賛同し,被告の経営に参入することとなった。そして,被告は労働者階級の闘争に寄与する役割を果たすべきであるとして,被告の運営委員会が設けられ,その幹事会委員長に総評全国金属港合同大阪亜鉛支部長橋井美信が就任し,委員に労働組合の役員が就任し,運営委員会の運営方針に基づいて経営がなされてきた。

(2) 松浦診療所は,昭和60年ころには,その収支が悪化し,経営改善を必要とする事態になり,同年11月ころには,被告から勤務体制の改善が提案され,その実施時期等を巡って組合と対立したが,昭和61年3月13日,組合は経営に協力すること,被告は,経営計画,組織の変更等,労働条件の変更を伴う事項については事前に組合と協議し,合意の上で実行することを合意した(以下,後者を「事前協議同意協定」という。)。そして,同年11月,経営改善計画として,別紙(三)の勤務体制(以下「旧勤務体制」という。)が実施された。この旧勤務体制においては,具体的な勤務表は主任において作成してきた。

(3) 被告は,昭和61年の経営改善計画の実施にもかかわらず,いわゆる営業赤字の増大を阻止できず,昭和61年から平成元年まで,営業赤字は,1000万円前後で推移したが,被告は,平成元年8月22日,労働災害の診療単価が切り下げられることに対する対策が必要であり,そのためには,60パーセントを超える人件費比率を下げる必要があるとして,組合に対し,理学診療科針灸部門の人員を削減するなど,人件費削減を内容とする第1次再建案を提示した。

組合は,右第1次再建案に反対し,議論するための前提条件として従業員の常勤補充を求める等,種々提案し,また,これらの要求のために平成2年5月から3か月指名ストライキを行うなどして抵抗したことから,被告は,組合と実質的な議論を行うことはできなかった。このためもあって,松浦診療所は,平成元年度,平成2年度は,2000万円を超える赤字となっている。

(4) 被告は,昭和61年以降連続して赤字が累積し,抜本的な改革が必要となり,夜間診療の原則廃止や午後の診療時間変更を内容とする第2次再建案を検討していたが,その交渉を担当させる目的で,いわゆる組合活動家であり,組合役員とも面識があった池野竹雄を松浦診療所事務長として雇用しようとして,平成2年9月19日,組合に対し,その雇用を打診し,組合からは強い反対を受けたが,組合の団体交渉(以下「団交」という。)申入れを拒否し,その反対を無視して,平成3年2月14日,池野竹雄を松浦診療所事務長に就任させた。

被告は,その一方で,同年1月29日,理事会において,第2次再建案を決定し,これについては,組合があくまで反対する場合には,その同意を得ないまま実施するつもりであった。第2次再建案は,人件費率を更に下げることを1つの目的とし,午後7時30分までの診療受付時間を午後6時までと変更し,これにより生じる余剰人員を紀和病院に配置転換すること等を内容としている。

そして,被告は,港合同の事務局長大和田幸治に第2次再建案を提示し,組合との橋渡役を依頼したが,その際,池野竹雄の診療所事務長就任を強行したことを非難され,池野竹雄の診療所事務長就任を一旦断念し,大和田幸治ほかの斡旋を受けて,被告理事長松浦良和と組合三役である小松千尋,石原英次,渡部と話し合い,信頼関係回復及び第2次再建案に関する協議を行うことを同意した。

このようにして,同年3月4日から再建案に対する協議が開始されたが,組合は,その中で,原告Eの常勤化を要求した。原告Eは,平成2年9月1日に期間1年の約束で雇用されたが,雇用後まもなく組合に加入し,同年12月には,欠員が生じた場合には常勤化を考えるとの約束があったとして,常勤化を要求していたものである。これについては,再建案協議の中で検討することとなり,その後,協議が重ねられたが,組合は,未解決の春闘の解決,紀和病院における労使関係の正常化等の問題を持ち出し,平成3年7月までに16回の協議と,数回の事務折衝や説明会が開かれたものの,協議が煮詰まる見通しは立たなかった。同月6日の事務折衝では,右見通しが立たないうえ,組合が,原告Eの常勤化を求めたことから,被告は,再建案協議をうち切り,同月10日,組合に対し,診療時間の変更を同年8月5日から実施する旨通知した。そして,被告は,同年7月26日,診療所従業員に,同年8月5日から診療時間を変更し,新たな勤務体制を実施することを通知し(以下,変更後の勤務体制を「平成3年勤務体制」という。),これを実施した。

(5) 南労会労働組合は,新たな勤務体制について合意ができるまで旧勤務体制で勤務を行うことを決め,同月1日,患者に対し,今後も夜間診療を行うとの文書を配布した。被告は,同月5日,従業員に対して,被告の業務指示を無視したり,違反した場合は賃金カットを行うと通知した。

組合は,同月20日には,平成3年勤務体制を事前協議同意協定に違反し,かつ,労働条件の一方的不利益変更である等と主張して,地方労働委員会にその救済申立てをし(平成3年(不)第35号),また,原告看護婦らは,これを無効とし,被告作成の勤務表に従わず,旧勤務体制により,主任である原告Bが作成する勤務表に従って勤務し,被告作成の勤務表にない夜間診療を続けてきた。

そこで,被告は,旧勤務体制によって勤務した者について,被告が指示した勤務時間のうち,同人らが勤務していない時間について賃金カットを行い,時間外賃金については,医師の診察終了後30分を超えるものは,これを超過勤務と認めないという措置をとった。この賃金カットについては,組合は,平成4年2月17日,これを不当労働行為であるとして,地方労働委員会に救済申立を行っている(平成4年(不)第3号)。

また,被告は,平成3年8月31日,原告Eについて雇用継続をしないことを通知したが,原告Eは,同年9月2日(月曜日),雇い止めは認められないとして大和田以下の港合同組合員及び南労会労働組合組合員20名余の支援を受けて,実力就労を行った。

同年9月28日には,南労会労働組合は臨時大会を開いて港合同に組織加盟を決議する事態となったが,南労会労組紀和病院分会は,後日,別途集会を開いて紀和病院労働組合を結成し,港合同には加盟せず南労会労組は分裂するに至った。南労会支部は,これを被告の第二組合工作と主張して,被告を非難し,その後,賃上げ問題も絡み,南労会支部と被告の関係は険悪となった。

しかし,被告は,同年10月23日の南労会支部との団交で,紛争一括解決のための条件提示を行い,南労会支部が組合分裂の責任問題,原告Eの雇用継続を要求したため交渉は行き詰まったものの,被告は,事態収拾のため,原告Eについては松浦診療所に新規雇用するという形で譲歩した。

平成3年11月14日から翌日にかけて,紀和病院分会の組合事務所のドアが破壊されるという事件,同月15日には,南労会支部組合員Kの紀和病院労働組合の山口文吾に対する暴行事件,平成4年2月22日には,Kが紀和病院事務長榎本祥文を押し,同人が階段から落ちるという事件などが発生した。

被告は,平成4年4月25日,事前協議同意協定を90日後に破棄する旨の通告を行った。組合は,これを不当労働行為として,地方労働委員会に救済申立てをした(平成4年(不)第27号)。

被告は,同年6月30日,Kを,平成4年2月22日の同人の榎本祥文に対する行為を理由に懲戒解雇した。

(6) 被告は,松浦診療所の設備拡張,昭和58年11月の紀和病院の開設等によって職員数が急速に増えたこと,診療所と病院間で労働条件に格差が生まれてきたこと,病院と診療所間の人事交流を図るためには人事組織を統一しなければならないこと,中核となる従業員の賃金が低く押さえられ,アンバランスが生じていること等から,職制を設け,人事組織を整備する必要があるとして,平成4年3月の理事会で,管理職組織を確立し,賃金も職能給と管理職手当を導入することを決定した。そして,部課長職制度を整備し,職種職制表を作成の上,平成4年4月,先ず紀和病院労組と協議のうえ,同病院でこれを実施した。そして,松浦診療所においては,歯科において,同年7月1日,主任芝内久美子を歯科部課長に任命した。組合及び組合員はこれに反対して,反対闘争を展開し,芝内久美子に対して,抗議文や辞職を要求する書面を手渡そうとしたり,様々な嫌がらせを行い,被告及び芝内久美子において,同年9月22日,業務妨害禁止等を求める仮処分申請をしている(大阪地裁平成4年(ヨ)第3300号業務妨害禁止等仮処分事件)。被告は,平成4年12月19日には,組合員Oに対し,同組合員が,平成3年8月6日に平成3年勤務体制導入について被告理事金銅に対し,「組合をなめるなよ。」と言ったこと,平成4年7月11日に桑原泰を誹謗中傷したこと,同年8月21日,芝内久美子に抗議文を渡そうとして追い回し,更衣室に逃げ込んだ同女に対してそのドアを叩き抗議したということによって懲戒解雇とした。

被告と組合とは,その後,K解雇問題,O解雇問題,賃上げ問題,賃金カット等の問題のほか,門前薬局問題,小松健介復職問題を巡って紛争を続けてきた。

(7) 被告は,松浦診療所においても,平成6年6月10日,就業規則(以下「新就業規則」という。)を改定した。そして,これを同日の団交において組合に提示し,職種職制表を示して,部課長職制度を実施することを通知した。これに対し,組合は,同年8月8日,労働条件の一方的不利益変更であるとして,反対を表明した。被告と組合との間は,前述のような紛争を継続していたことから,就業規則の改定について話し合える環境になく,同年7月から同年12月にかけては,組合員が,被告常務理事若杉正樹の自宅付近で,拡声器によって,同理事が不正融資をしているなどと誹謗中傷したり,ビラを配布し,診療所事務長桑原泰の自宅付近にもビラをまいたり,「桑原は暴力行為を謝れ。」などとシュプレヒコールしたりし,これらの行為については,平成7年1月26日,大阪地方裁判所によって,これを禁止する旨の仮処分命令が発せられている(平成6年(ヨ)第3888号面談強要禁止等仮処分申立事件)。

被告は,平成7年4月7日の団交において,5月から新就業規則に基づく勤務体制を実施することを通知し,同月18日の団交において,組合に対し,組合員ごとに記載した業務指示を渡すとともに,同年5月2日から,これを実施する旨告げた。そして,同日から,新就業規則に基づく勤務体制(以下,この変更後の勤務体制を「平成7年勤務体制」という。)が実施された。しかし,原告看護婦らにおいては,従前からの旧勤務体制に従い,原告Bが作成した勤務表に従って勤務してきた。

組合は,被告を,労働者階級を裏切った転向者であると決めつけ,政府や資本の医療政策に賛成し,それに追随する経営方針をとることによって生き延びようとしていると非難し,被告は,原告看護婦らほかの組合員が,被告の勤務体制に従わないことなどを理由に,昇給させず,一時金などの支給をせず,労使間の対決は一層激しいものとなった。

(8) 被告は,平成6年末に看護科の看護婦が退職したことから,平成7年1月,松浦診療所看護科に管理職である婦長職を導入し,後任を婦長として補充することとし,これを組合に通告し,これを巡って同月12日,24日,25日と団交がもたれたが,組合は後任看護婦を婦長として採用することは絶対反対であるとの態度を表明し,合意が前提であるとして譲らず,反対に終始してきた。被告は,組合の同意をえないまま,同年2月1日,正看護婦の資格を持つ水野を婦長として採用し,同月3日から就労させることを決めた。水野は,同月3日,松浦診療所に赴任したが,組合員は,これを待ちかまえて罵声を浴びせかけ,組合員は水野に挨拶も自己紹介もせず,皮肉を言ったりして,当初から,対決姿勢をとった。原告看護婦らは,水野に対し,婦長としての扱いを拒否し,一看護婦として,原告Bの指示の下に就労させようとし,これを拒む水野に対し,原告Cにおいて,延々と皮肉を言ったりして,嫌がらせを行うなどし,組合としても,水野の婦長としての就労を妨げる態度に出ていた。

水野は,同月10日には,研修のため診察業務を見学することとなり,診療所長新井孝和と診察室に入ると,原告Bがこれに抗議し,他の看護婦も診察介助をしないことから,水野が介助をすることとなったが,そうすると,原告B,同D,同Eが,研修の順序が違うと抗議し,新井孝和が所長の権限で行うと述べると,所長の権限で行うならすべてを所長が行えばよいなどと主張してその指示に従わず,水野の研修や就労に抵抗した。そのため,水野はまともな業務研修ができなかった。

また,組合員は,水野が挨拶をしてもこれを無視し,水野の診察介助に毎日1人ずつ一日中,「患者の顔も分からないのに責任が持てるのか。」等と嫌みや皮肉を言うなどしてつきまとい,エコーのフィルムなどの保管場所を聞いても教えないなどして,その介助を妨害した。

被告は,水野に対する業務の引継ぎを組合員らが拒否していることから,業務マニュアルを提出させようとし,看護科主任の原告Bにその作成及び提出を再三文書で指示したが,原告Bは,これを拒否して作成しなかった。この作成拒否を巡って,水野が原告Bに「やめたら」と言い,原告Bが「あんたこそやめろ」と応酬した。

同月28日午後には,診察のために松浦診療所に入ろうとした診療所長新井孝和と水野の前に小松千尋,石原英次が立ちはだかって入所を妨害し,入所後も婦長の後を右小松千尋らがついて回り,被告の制止にも関わらず,業務に就くことを妨害し続けた。そこで,被告は,組合員の婦長水野に対する診療妨害,暴言に備えて,水野にマイクロカセットテープレコーダーを持たせ,診療妨害,暴言があった時はスイッチを入れ録音することを指示した。水野は,原告Cから嫌みを言われた際に,右テープレコーダーを差し出し,「此に向かって話して下さい。」というと,原告Cは,「診察室にテープレコーダーを持ち込んでいる。患者のプライバシーを秘密裏に録音している。」と叫びまわった。

その後,組合は,右テープレコーダーの件で,水野に対する攻撃をさらに強め,水野に対し,同年3月6日には,原告Eにおいて「くそババア,出て行け。」と言ったり,原告Aにおいて,水野の更衣中に押しかけて更衣室のドアを叩くなどして「水野,出てこい。」と叫んだり,同月7日には,原告Eや同Dにおいて,水野を処置室から追い出し,同月8日には,原告C,同Eにおいて,水野の診察室入室を妨げ,同月10日には,原告Aにおいて,水野が診療所長の診察の介助中に水野を非難し,その後も,水野の診療介助を妨害してきた。

被告は,同年4月12日,原告Aの同年3月6日と同月10日の行為について,減給の懲戒処分を科した。

同年5月19日午後0時40分ころには,午前の診療終了後,坂井医師を,原告A,同Bのほか,組合員の小松千尋,石原英次,金本泰善,松本静らが取り囲んで抗議し,石原英次において,事務次長の肩を突き,3階に引き上(ママ)げようとする坂井医師と水野を追い,水野の臀部あたりを掴んで階段から引きずり降ろそうとした事件が生じた。

(二)  暴行

原告Aは,平成7年5月20日午後0時45分ころ,松浦診療所1階第1診察室において,婦長水野が,同診療室のアコーデオンカーテンを背にして立ち,理事長医師松浦良和の患者(男子中学生)に対する診療の介助をしていた際,診療室の外から右アコーデオンカーテンを開けて,水野の腰部付近を殴打し,アコーデオンカーテンを閉めて立ち去った。

(三)  暴行事件後の経過

松浦良和は,アコーデオンカーテンを開ける音,原告Aの殴打によって音がしたこと,水野が悲鳴をあげたことから,原告Aの暴行を認識し,診察を中断して,直ちに原告Aの後を追いかけ,原告Aに「何をするんだ。厳重に処分するぞ。」と言って叱責した。そして,診察室に戻り,患者に謝り,診察を終えた。水野は,診療介護を中断して更衣室で泣いており,常務理事若杉正樹,事務長桑原,診療を終えた松浦良和も集ってきたが,原告A,組合員小松千尋,石原英次が,松浦良和が処分すると述べたことに対して抗議に来て,更衣室に入ろうとし,そのドアを叩いたり,「松浦出て来い。」等と騒ぎ,石原英次は,これを制止しようとした事務長ともみあいとなった。

診療所長新井孝和は,同月22日,桑原泰を,賞罰委員長に任命して,原告Aの暴行並びに石原英次の5月19日の行為及び同人らの同月20日の行為に対する懲戒について答申を求めるとともに,水野に対しては,同女に対する再度の危害を避けるとの理由で自宅待機の措置をとった。なお,水野は,自律神経失調症との診断を受け,自宅療養することになった。

賞罰委員長桑原泰は,同月23日,原告Aに対し,賞罰委員会運営規程第4条に基づき,同月20日の水野に対する暴行について弁明の機会を与えるため意見書の提出を求めた。これに対し,原告Aは,同年5月25日に開催された賞罰委員会に,松浦診療所分会執行委員名下の5月24日付意見書を提出したが,その中で,右暴行を否認し,被告を非難した。

松浦診療所の賞罰委員会の答申書は,同月29日,診療所長に提出された。被告は,これを受けて,同年6月1日,原告Aに対し,同月2日をもって懲戒解雇する旨の意思表示をした。

組合員Oは,水野の自宅に,「仕事はやめたのか。病気療養中か。」等と何度も電話をかけ,また,原告Bは,同年7月10日,水野に対し,「復帰が近いと聞いた。一同心よりお待ちしている。」との脅しとも取れる暑中見舞い葉書を送った。組合は,同年8月7日,水野の自宅付近で,松浦診療所の労働争議について宣伝活動し,同月8日にも,前日と同様に宣伝カーで宣伝活動するとともに,原告Bと同Aにおいて,水野の近隣に,「経営者の意を汲み,婦長の地位と金に執着する水野」などと水野を中傷誹謗するビラを配布した。

水野は,同年8月20日ころ,復帰したが,原告看護婦らについて解雇の意思表示がされた同年8月30日以後,原告看護婦らは,就労闘争をして出勤し,水野に対し,同日は,原告Bが「あんたは疫病神や」などと罵ったり,同月31日には,水野や新井孝和の入所を妨害し,「水野出てこい。」と叫んだり,同年9月2日には,水野の出勤途上を組合に同調する高須常吉が言いがかりを付けてつきまとい,診療所前で原告C,同Aが罵声を浴びせて,入所を妨害し,同月5日及び6日は,原告A,同B,同C,同Dが,患者待合室や処置室で水野を非難するなどした。同月30日には,原告Bが,水野に詰め寄って非難した。水野は,そのほかにも,組合員らから嫌がらせや暴言を受け,精神的にも耐えられないとして退職を申し出,同年10月14日,松浦診療所を退職し,組合は,水野排斥の目的を達した。

3  原告Aの弁解

原告Aは,水野が第1診療室での診察介助中に次の患者を呼び出た(ママ)際,たまたますれ違った原告Aを挑戦的な目で睨み付け,診療室のアコーデオンカーテンを力まかせに大きな音を立てて閉めたので,水野に反省を促すため,そのアコーデオンカーテンを左手で細く開け,「あんた,やりすぎよ。」とたしなめるような気持で,水野が後ろ手に組んでいた手の平を右手で軽く1回はたいてドアを閉めたに過ぎず,その後,しばらくしてから水野の悲鳴が聞こえたという(<証拠・人証略>)。

しかしながら,原告Aは,水野が婦長として赴任して以来,組合員として,水野の婦長就任に反対して,抗議をしたり,嫌がらせをし,その就労を妨害する行為を続けてきたのであって,その動機が原告Aのいう程度に止まるものとは到底いえないし,原告Aのいうように後ろ手に組んだ手をはたいたというのであれば,姿勢を低くした不自然な格好をとったことになるが(原告A本人尋問では,身をかがめてはたいたという。),その主張するような動機であれば,ことさら不自然な姿勢をとる必要もないのであって,原告Aのいうところは採用できない。水野が悲鳴をあげたことは,原告B,同C,同Dのほか組合員の広田美智子や小松恵も聞いたと認めているところであり(<証拠略>),その後,水野が更衣室で泣いていたことも明らかであり,これらからすると,原告Aが水野に暴行を加えたことは,明白に認めることができる。

原告Aは,被告の主張が,右暴行の部位については腰部,臀部,背中と変遷し,原告Aの暴行時の位置についても,当初はアコーデオンカーテンを開け,外から叩いたかのように主張していたのに,その後は,診察室に入って暴行した旨変遷しているといい,確かに,その主張の変遷はあるが,右暴行が咄嗟のものであって,水野が自律神経失調によって療養することとなったことから,被告が細部についてまで,正確な事実を把握できなかったこともやむを得ないところで,右変遷があるからといって,右認定を覆すに足るものではない。

4  懲戒解雇事由該当

以上によれば,原告Aの水野に対する殴打行為は,水野の婦長就任に反対し,その就労を妨害するために故意に行われたもので,その態様は,診察室における診療中に行われたものであり,その結果,婦長水野の就業を困難にしたもので,しかも,反省するところがないのであって,「職員として品位,診療所の名誉,信用を失墜するような言動を行ったとき」(就業規則17条2号・18条1号,19条1号),「故意による行為で業務に重大な支障を来した」場合(19条7号)に該当するといわなければならない。原告Aが組合活動を活発に行い,右暴行行為も組合の水野排斥の方針に沿う活動の中で行われたものといいうるが,そうであっても暴力行為を組合の正当な活動ということはできないし,原告Aの組合活動故にことさら重い懲戒処分をしたものとはいえないから,これを不当労働行為ということはできず,原告A懲戒解雇には,これを無効とする事由はない。

三  本件看護婦懲戒解雇

1  原告看護婦らに対する本件各配転命令

抗弁2(一)の各事実は当事者間に争いがない。

2  原告Bに対する配転命令の効力

(一)  原告Bはその雇用契約には就業場所を松浦診療所に限定する合意があった旨主張する。右雇用契約がされた時期には,被告の設置する医療機関は松浦診療所しか存在しなかったもので,その点からは,その当時は,松浦診療所以外での就労が予定されていたわけではないが,他方,将来,他に診療所を設置した場合でも,松浦診療所看護科以外では就労させないとの約束がされたと認める証拠はない。そうであれば,雇用契約としては,就労場所を限定した契約とはいうことができない。

(二)  原告B配転の理由について,被告は,次のようにいう。すなわち,被告は,平成7年5月,紀和病院所在地に訪問看護ステーション・ウェルビーを開設し,実績をあげているところ,今後,松浦診療所においても,訪問看護の必要性が増えることが必至であり,その準備を要する。松浦診療所において,訪問看護を実施する場合には,訪問看護ステーションの経験者を当てることが望ましいので,早急に訪問看護ステーションの経験者を養成する必要がある。松浦診療所では,平成7年4月当時,看護婦は原告Bを除いて婦長以下6人であり,当時の診療体制に対する人員体制として充分な人数であり,原告Bは,もっとも経験年数が多く,しかも,昭和53年入所以来何回となく在宅医療に関わりたいとの希望を出しており,50才(ママ)という年令(ママ)を考えると,これから看護婦の業務として増々比重が高くなる訪問看護業務を研修し,この業務に携わることは本人自身のキャリア・アップにも繋がる。そこで,原告Bが訪問看護ステーションで技術を習得することが相応しい。

(三)  しかしながら,(証拠略),弁論の全趣旨によれば,訪問看護ステーション・ウェルビーにおける訪問看護は,訪問のために自動車の運転が不可欠であるのに,原告Bは自動車運転免許を取得していないこと,原告Bは大阪市内に居住しており,和歌山県橋本市にある訪問看護ステーションに通勤するには,1時間30分程度を要し,24時間対応の必要な訪問看護の要員として不適切であることことが認められ,人選について,他の人員と比較した十分な検討がされたかどうか疑問であるうえ,将来の松浦診療所における訪問看護に備える必要があるとしても,その要員を松浦診療所から派遣して要請しなければならない理由は必ずしもないことや,松浦診療所の看護婦に1名の余剰があるとしても,それは同年3月に1名を採用したことによることからすると,訪問看護の要員を原告Bとしたことは,人選の合理性を欠くものといわなければならない。

(四)  以上によれば,被告の原告Bに対する配転命令は効力を有しない。

3  原告C,同Dに対する配転命令の効力

(一)  原告Cはその雇用契約には就業場所を松浦診療所看護科に限定する合意があった旨主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。

原告Dはその雇用契約には就業場所を松浦診療所看護科に限定する合意があった旨主張するところ,(証拠略)によれば,原告Dとの雇用契約書は,雇用者を「医療法人南労会松浦診療所」としていることが認められ,これによれば,就業場所を松浦診療所に限定したかのようであるが,松浦診療所の就業規則には,「業務上必要があるときは,職員に異動を命じることがある。」との規定があり,雇用契約時に,この規定の適用を排除するような合意があったとまで認めるに足りる証拠はない。なお,(証拠略)には,雇用の際に被告が紀和病院に行くことはない旨告げたとの記述があるが,これが就業規則の右規定の適用を排除する趣旨で告げられたものとまでは認められない。

(二)  そこで,配転の理由について検討するに,原告C及び同Dが,被告の平成3年の勤務体制の変更後,被告の勤務指示に従わず,原告Bが作成する勤務指示に従って勤務してきたこと,事前協議同意協定が失効した後の就業規則変更に伴う平成7年勤務体制についても,事前の同意がないこと等に固執して,これに従わず,就労闘争を続けてきたことは前記認定のとおりである。また,婦長水野に対する就労妨害を続けたことについても前記認定のとおりである。そして,(証拠略),原告C及び同D各本人尋問の結果によれば,平成7年7月における看護科所属の看護婦は6人であり,婦長水野が療養のため休職中で,看護婦西川豊恵も同月3日から家族の看護のため休業に入り,原告Bは本件B配転命令に抗議して指名ストに入っており,就労可能な人員は,原告C,同D,同E,組合員小松恵の4名であったところ,同月7日は,平成7年勤務体制により,午前の勤務を原告Dと小松恵に指示されていたが,原告Dは,原告Bの作成した勤務体制に従うとして勤務を拒否して出勤せず,診療に従事した看護婦は小松恵ただ1人だけという状態を生じ,患者の点滴,注射等の処置が大幅に遅れ,診療に多大な影響を及ぼしたこと,そこで,被告は,同月8日付で看護科組合員に,文書をもって診療に支障をきたすような違法勤務を改め,診療所の勤務指示どおり勤務するよう指示したが,原告看護婦らは全くこれを無視し,旧勤務体制に従い,原告Bの作成する勤務表に従って勤務したこと,そして,同月29日には,小松恵は休暇の予定であり,原告D及び同Eが病気を理由に休み,原告Cも同日の朝8時ころ電話を入れて有給休暇を取得する旨伝え,その後,診療所事務次長島岡和義から出勤を求められたが,これを拒否し,右4名の看護婦が全員出勤しなかったことが認められる。

これらの事情に鑑みれば,原告看護婦らの就労闘争,業務命令違反,婦長水野の就労妨害,業務妨害によって,診療所における診療行為に影響が出ていたものであるから,同月29日に看護婦全員が執務しなかったことが予め企図したものでないとしても,原告ら看護婦の就労闘争,業務拒否が影響していることは明らかであり,診療所の秩序を維持し,診療所における円滑な診療の実施を確保するためには,原告ら看護婦について配置換えを行う必要があったといわなければならない。そして,原告Cについては,診療所の健診部へ移るだけで,特段の不利益は考えられないし,原告Dについても,その配転を違法とするほどの事情は認められない。

原告らは,右各配転命令が,原告看護婦らの組合活動を嫌悪し,診療所看護科から原告看護婦らを排除するためにのみ強行されたものであると主張し,原告看護婦らが就労闘争や婦長水野に対する就労妨害を組合活動であるとの意識で行っていることは認められるものの,原告看護婦らに就労請求権はないから,仮に,平成3年勤務体制や平成7年勤務体制が無効であるとしても,原告看護婦らに具体的に発せられた業務命令がすべて効力を持たないものではないし,そこに業務命令違反があることは明らかであり,また,婦長水野に対する就労妨害は明らかに行き過ぎであって,これらは正当な組合活動とはいえないものである。そして,(証拠・人証略)によれば,これらについて懲戒処分によって対処するだけでは,診療所の秩序を維持できない状態にあったことが認められるのであって,右各配転を不当労働行為ということはできない。

以上によれば,原告C及び同Dに対する本件各配転命令は有効ということができる。

4  原告Eに対する配転命令の効力

(一)  原告Eはその雇用契約には就業場所を松浦診療所看護科に限定する合意があった旨主張するところ,(証拠略)によれば,原告Eは,平成2年7月25日,被告の松浦診療所長松浦良和との間で,雇用契約書を交わし,同年9月1日から1年の期限で雇用され,翌年8月31日で雇用期間満了を理由に退職するように申し渡されたが,折から第2次再建案を巡って,被告と組合とは争議中であり,組合は,第2次再建案に反対するとともに,原告Eの常勤雇用を要求し,被告において,原告Eを紀和病院外来で常勤雇用するとの提案をしたが,組合はこれに応じず,あくまで原告Eの松浦診療所での雇用を主張し,平成3年10月26日,原告Eについては松浦診療所に新規雇用するという形で決着したことを認めることができる。これによれば,被告と原告Eとの雇用契約は就業場所を松浦診療所に限定したものというべきである。

右のとおり,被告と原告Eとの雇用契約が就業場所を松浦診療所に限定したものであることからすれば,原告Eを紀和病院に配転するには同原告の同意を必要とするというべきであり,その同意がない平成7年8月15日付配転命令は効力を生じない。

5  原告看護婦懲戒解雇の効力

(一)  抗弁2(四)の事実は当事者間に争いがない。

原告看護婦らに対する懲戒解雇事由の内,配転命令違反を理由とする部分については,前述のとおり,原告B及び同Eについては,同看護婦らに対する配転命令が効力を有しないから,これに従わなかったこと自体は,懲戒解雇事由とすることはできない。原告C及び同Dについては,配転命令違反の事実はこれを認めることができる。

(二)  原告看護婦らに対する懲戒解雇事由の内,「平成7年8月21日以降連日松浦診療所処置室において『就労闘争』をくり返し,診療所所長の再三の注意,警告を無視し,医師の指示に基づかない医療行為を続けたこと」との部分について検討するに,(証拠・人証略)によれば,以下のとおり,認めることができる。

(1) 原告看護婦らは,平成7年8月21日以降,松浦診療所処置室において,就労闘争を行い(この点は,当事者間に争いがない。),同日午前7時ころには白衣に着替えて処置室に入り,点滴の準備等を始め,被告の理事である桑原泰の配置転換に応じるようにとの説得や退去を命じる警告に応じず,右準備行為を続けた。そこで,被告は,桑原泰,若杉正樹,榎本祥文において午前8時30分頃から,原告看護婦らを実力によって排除しようと試みたが,原告看護婦らは大きな声を出したりして抵抗し,組合員の小松千尋,石原英次,金本泰善らが原告看護婦らを応援するなどしたこともあって,排除できなかった。そのうち,午前9時の診療開始時間となったが,処置室では,原告看護婦らが,被告が出す警告書を無視して作業を行い,被告において新たに配置しようとした看護婦は作業できない状態に置かれ,原告看護婦らは,結局,終日就労した。

(2) 原告看護婦らは,翌日以降も,被告の業務禁止及び退去を求める警告を無視して,処置室で就労してきた。被告は,同月28日,処置指示書と題し,医師が措置を命じる看護婦氏名の欄を設けた書面を作成し,同指示書により指示を受けた看護婦以外は措置業務を行ってはならないと警告し,原告看護婦らはこれによって措置業務をしなくなった。

なお,原告看護婦らが,医師の指示に基づかない医療行為をしたとまでの事実はこれを認めることができない。

(三)  以上の事実に鑑みるに,原告B及び同Eについては,同原告らに対する配転命令が効力を有しないのであるから,これに従わなかったこと自体は,何ら咎められるものではないが,だからといって配転前の部所において就労できる権利があるわけではない。また,原告C及び同Dについては,配転命令を無効とする理由はないわけであるから,これを拒否する正当な理由はない。しかるに,原告看護婦らは,右認定のとおり,度重なる警告を無視して,同月21日から同月28日まで就労したのであり,被告における秩序を甚だしく乱し,業務に重大な支障を与えたものである。したがって,原告看護婦らは,就業規則17条3号,6号,18条1号,19条7号,20条2号に該当するということができる。

原告らは,右就労闘争は,組合活動である旨いうのであるが,配転が無効である場合でも,配転前の部所において就労する権利があるわけではないから,原告看護婦らの行為を正当な組合活動ということはできず,これに懲戒処分を行ったとしても,不当労働行為となるものではない。また,前記認定の事実に鑑みれば,本件看護婦懲戒解雇を権利濫用とする事情もない。

四  原告らに対する未払賃金

1  原告Aに対する未払賃金

本件A懲戒解雇が有効であることは前述のとおりであるが,被告の原告Aによる懲戒解雇の意思表示は,平成7年6月1日に同月2日付でされたものであることは当事者間に争いがないから,原告Aは,同月1日の賃金請求権はこれを有するといわなければならない。そこで,被告は,原告Aに対し,争いがない原告Aの1か月の賃金26万7150円を推認される同月の所定労働日22日で除した1万2143円(円未満切り捨て)の支払義務がある。

2  原告B及び同Eに対する未払賃金

原告B及び同Eについては,同原告らに対する配転命令が効力を有しないのであるから,被告は,同原告らがこれに従った就労をしなかったことをもって,その賃金の支払義務を免れない。ただし,本件看護婦懲戒解雇は有効であるから,原告B及び同Eが被告に対して賃金請求権を有するのは,平成7年8月21日から同月30日までの間である。右10日分の賃金については,当月に支払われるべき賃金を当月の所定労働日を基準に日割で計算すべきものであるが,当月の具体的な労働日が明らかとならない。そこで,当月の所定労働日及び原告B又は同Eが右10日の内に就労すべき日については,被告の新就業規則が1週間の労働日を5日としていることから,それぞれ7分の5を乗じて按分して算出することになるが,それは結局暦によって日割計算をすることと同じになる。そこで,原告B及び同Eが別紙(一)「未払賃金一覧表」記載の明細及び合計額の賃金の支払を受けていたことは当事者間に争いがないから,それぞれの通勤費を控除した額に31分の10を乗じ,原告Bについては8万5374円,原告Eについては請求の範囲内の6万3861円の未払賃金を認めることができる。

五  結語

以上によれば,原告Aの請求は,1万2143円の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないから棄却し,原告Bの請求は,8万5374円の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないから棄却し,原告同Eの請求は,6万3861円の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないから棄却し,原告C及び同Dの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,64条本文,ただし書,65条1項本文を,仮執行の宣言について同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本哲泓 裁判官 川畑公美 裁判官和田健は転補のため,署名押印できない。裁判長裁判官 松本哲泓)

別紙(一) 未払賃金一覧表

<省略>

別紙(二) 松浦診療所就業規則(抜粋)

第12条 1 表彰,懲戒は,その公正を期するために,賞罰委員会の議に付し診療所所長が決定する。

2 賞罰委員会は,診療所管理職,及び職員代表のそれぞれ2名の委員をもって構成する。

3 賞罰委員会の運営は別に定める。

第15条 懲戒は次の5種とする。

1 譴責:始末書を提出させ,将来を戒める。

2 減給:始末書を提出させ,減給する。なお,1回の事項に対する減給の額は平均賃金の1日分の半額とし,1か月間における減給額の合算額は当期間の賃金総額の10分の1の範囲とする。

3 出勤停止:始末書を提出させ,7日以内の出勤を停止する。なお,その期間の賃金は支給しない。

4 諭旨解雇:自発的に退職するよう勧告する。自己退職せぬときは解雇する。

5 懲戒解雇:即日解雇する。この場合において所轄労働基準監督署長の認定を受けたときは予告手当を支給することなく解雇する。

第16条 職員が次の各号の1に該当したときは,譴責に処する。

1~3 (省略)

4 正当な理由なく上長に反抗し,又はその指示に従わなかったとき。

5 診療所の行う教育を故意に拒んだとき。

6~7 (省略)

8 職場規律を乱したとき。

第17条 次に掲げる各号の1に該当するものは,減給もしくは出勤停止に処する。

1 前条各号に該当し,情状特に重きとき。

2 職員として品位,診療所の名誉,信用を失墜するような言動を行ったとき。

3 正当な理由なく業務命令諸規則に従わないとき。

4 配置転換により勤務交替の時,後継者に事務,仕事内容を引き継がなかったとき。

5 (省略)

6 重大な越権行為のあったとき。

7 (省略)

第18条 職員が次の各号の1に該当するときは,諭旨解雇に処する。

1 前条各号の1に該当し,情状特に重きとき。

2~5 (省略)

第19条 職員が次の各号の1に該当するときは,懲戒解雇に処する。

1 前条各号の1に該当し,情状特に重きとき。

2~6 (省略)

7 故意による行為で業務に重大な支障を来た(ママ)し,または重大な損害を与えたとき。

8 その他各号に準ずる事由のあるとき。

第20条 1 (省略)

2 職員が前条に定める懲戒事由に該当し,懲戒に処された後,同一懲戒事由に該当する行為をなし,もしくは異なる懲戒事由に該当する行為を重ねたときは,一等重い懲戒に処することがある。

別紙(三) 労使合意に基づく従来勤務表

(1) 変形労働時間制(通し勤務体制)対象の労働者の勤務時間帯

1週間の内,

朝出勤勤務(7時間) 2回(始業8時30分・終業16時30分,または,始業9時・終業17時,うち休憩時間1時間)

昼出勤勤務(6時間15分) 1回(始業13時・終業20時,または始業13時30分・終業20時30分,うち休憩時間45分)

半日勤務(3時間30分) 2回(始業8時30分・終業12時30分,または始業9時・終業13時,うち休憩時間30分,または始業16時30分・終業20時,休憩時間なし,または始業17時・終業20時30分,休憩時間なし)

通し勤務(9時間30分) 1回(始業8時30分・終業19時30分,または始業9時・終業20時,うち休憩時間1時間30分)

の4つの勤務パターンを,標準的には上記回数で組合わせたもので,この場合,1週間の所定労働時間が36時間45分となる

具体的な勤務割表は「主任」が作成する

(2) 変形労働時間制(通し勤務体制)対象外の労働者の勤務時間帯

月曜日から金曜日:始業8時30分・終業16時30分,または始業9時・終業17時,うち休憩時間1時間

土曜日:始業8時30分・終業12時30分,または始業9時・終業13時,うち休憩時間30分

なお,1週間の所定労働時間は38時間30分となる

(3) 休日

1. 毎日曜日及び国民の祝日に関する法律第3条による休日

2. メーデー(5月1日)

3. お盆(8月13日から8月15日)

4. 年末年始(12月30日から翌年1月3日)

ただし,3.,4.の期間中に日曜日が重なった場合翌日に繰り下げる

(4) 夏季休暇 1日(取得可能な期間は7月1日から9月30日まで)

(5) 生理休暇 毎潮1日 有給

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